『水脈』伊岡瞬  見えない水脈

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神田川の護岸に設けられた排水口から、
遺体が発見された。
台風の雨で増水した影響で、
遺体は地下水路の「暗渠」を通って
流れ着いたようだ。
死後数日経過しており、
猛暑で一部は腐敗も始まっていた。
和泉署に合同捜査本部が立てられ、
宮下は久しぶりに真壁と組むが、
そこには“お客様”も加わることになった。
暗渠に妙に詳しいその客は
謎に包まれていた――。

この事件は濁流のひとつにすぎない。

地底には、見えない「水路」が
無数に広がっている――

水脈 – 徳間書店 (tokuma.jp) より引用

・宮下刑事と真壁刑事:事件を追う刑事。小牧のお守りを命ぜられる。

・小牧グレース未歩:お偉いさんの姪。卒論研究のために事件を追う2人とともに行動。

小牧未歩は、卒論研究のために捜査を見学するという設定。しかし、それにしては地下水脈に関して異常に詳しかったり積極さが刑事を圧倒させるほどだったりする。宮下も不審に思う描写があり、読み手としては犯人候補として怪しさまで抱くようになるだろう。ただの大学生だとすると怖くなる。その異常な執着心は味方ならば心強いが、敵(犯人側)ならと思うと焦った。

本当の理由としては小牧未歩も警察官であり、自分が幼いころに育ててくれたような恩人が亡くなってしまった事件につながるものだったから。

作中で、闇のバイトについて「応募した人に気さくな口調でヤバい仕事を紹介することで相手が気軽に感じられる。進んでいくと身分証明書と自分を一緒に自撮りさせたり家の外観を撮らせたり…とするが、あまり抵抗なくしてしまう。簡単な仕事→犯罪に手を染めてしまったという弱みを握られて抜け出せなくなる。」というような内容がある。現代社会では、SNSも主流になり自撮りを世界に公開することが当たり前になってきている。

闇バイトなどは自分とは無縁だと感じる人が多いかもしれないが、そんなときだけではなくて自撮りや自分の個人情報などを簡単に公開することを日頃から気を付けて吟味することが大事だと感じる。日々の慣れで抵抗がなくなっていくことは怖い。顔写真や住所、年齢や学校や職場など、個人を特定できる要素はなるべく出してはいけないことをこの小説で改めて感じられる。一歩間違えるだけで、今回のような場合は人生を大きく棒に振ることになるかもしれない。

ここでは加納という元潜入捜査官が犯罪者として出てくる。元々警察組織側にいた加納がなぜ犯罪に手を染めることになったのか。

原因をたどると、潜入先が犯罪組織であったことにある。犯罪組織に潜入している中で、信頼を得るためにも組織の中で犯罪を成功させて名をあげていく必要がある。そうしないと組織の上の情報が得られないからだ。しかし、もとはと言えば正義感をもって職に就いた加納。そんな彼がいきなり明日から犯罪組織の一員だと言われて状況を受け入れられるはずがない。犯罪をすることに抵抗を持ちながらもこなさなければいけない、それがいつまで続くのか、バレたら殺されるかもしれないなどと大きなストレスを抱えながら日々生活を送っていたため、おかしくなってしまう。

組織から抜け出した加納は、警察にもいられなくなってしまう。しかし、抜け出したからと言って普通の生活がすぐに待っているかというとそんなことはない。むしろ、職を失ったことも加わって余計に追い込まれる生活になる。そんな中、きっかけがあり仲間を集めて詐欺をする側になっていく。騙した相手を殺してしまうこともあり、その中の一つの事件から今回の事件へとつながっていった。

それでは考えてみたい。今回悪いのは何なのか。加納か?犯行を行っていた加納は悪人かもしれない。しかし、加納を犯罪の世界に引きずり込んだのは警察組織ではないのか。では警察が悪いのか。しかし、警察は犯罪組織の末端のみを捕まえるのではなく根っこから摘発するために潜入捜査官を送り込んだのではないか。正義のために動いた結果、新たな悪を生み出してしまったというべきか。この場合何が悪かったのか、考えてもキリがない。

物事には色々な側面があり、必ずしも○○が悪いと決めつけることはできない。正しくありたいが、その正しさを突き詰めるためには自分を曲げなければいけなかったり、長いものに巻かれなければならなかったり…。自分たちが見ているこの社会もたった一面でしかない。

今井朝乃の夫は警察官だった。朝乃は元来、知らない人に優しくされることは有難迷惑だと考えていた。しかし、夫に出会って一緒にいるようになって“誰であっても困っている人には手を差し伸べる”という夫の考えに感化されるようになっていた。初めは相手に優しくすることへためらう様子もある朝乃だったが、結局誰かのために動いた後は自分も嬉しい気持ちになっていることに気づいていた。これは、自分たちにも当てはまることだと思う。今の時代、気軽に色々な人に話しかけることは嫌がられることもあると思うし、自分もそういった馴れ馴れしさに抵抗を覚える。しかし、小さなことでも困っている人の役に立ったと実感できた日には自然と気分も良くなっていることに気づく。

また、恩を仇で返すような話になっていた(どころの騒ぎではない)が、さくらがピンクの靴を大切に持っていたことにぎゅっとこの物語のきれいな部分が詰まっているようにも感じる。朝乃の厚意がなければ死ぬことはなかったかもしれないが、朝乃の優しさは全く無駄だったわけではないことがさくらの行動で分かる。優しさは、誰かの心に必ず残っていることを忘れたくない。

自分はもともと、SNSなどで個人情報をばんばん公開しているわけではないし、むしろ気を付けないといけないなと感じている方だとは思う。SNSなどで楽しんで写真などをあげていることがすべていけないといているわけではなく、今回のこの作品の中で日頃から麻痺しないようにしていく必要があるということを学べた。

自分たちが見ているこの世界はたった一面でしかないかもしれないことを覚えておきたい。そのために、色々な人と出会って色々な人と意見を交わして吸収していくことが必要だと思う。自分の小さな世界だけで完結させるのではなく、色々な考え方を取り入れていけるようになりたい。

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