あらすじ
本を落とすほどの衝撃! この闇を直視できるかーー?
彼らは出会って恋人になり、やがて別れた。ありふれた恋のはずだった、彼が”ストーカー”になるまでは。――被害者の恐怖と、加害者の執着。ストーカーの闇を両側の視点から抉る畑野智美流傑作イヤミス!
登場人物
・河口さくら:主人公。以前勤めていた信用金庫で高齢者からストーカー被害に遭い、転職。マッサージ師として働いている。
・松原:出版社で働く。マッサージ店のさくらに会いに指名して通う。
・池田先生:マッサージ店の同僚。
・木崎:マッサージ店で働く。さくらと親しくしているが、どこか不思議な動きをすることがある。
・和樹:さくらの弟。姉をストーカーから守る。
松原とさくらの関係性
さくらはマッサージ店で働いている。お客さんとして来店した松原が、さくらのことを気に入って指名するようになってから会話が増え、松原の感じの良い人柄にさくらも少しずつ惹かれる。誕生日をきっかけに食事へ行くようになり、交際がスタート。
幸せな交際は長くは続かず、気持ちのズレが気になるように。松原は自分が正しいと思った意見に対してさくらが返そうとすると、「口答えをするな」とキレるようになっていく。夜の行為に関してもきちんと同意せず無理にされることが増えていった。
おかしいな?と気づいた時にはもう付き合ってしまっているため、そこに言及することが難しい。そこをつつくとまた逆上するかもしれないと思うと、気にしないようにしてやり過ごすこともある。しかし、今回に関しては交際して間もないのに化けの皮が剝がれていってしまっていたので危険すぎる。ある程度歳を重ねると、すぐに付き合ってすぐに別れるなんてことがあまりできなくなるので(お互いの気持ち的に覚悟を持つ)見切りをつけづらくなるのは理解できる。
松原の母親
松原は父親を亡くしているため、肉親は母親のみと言ってよい。その母親は、松原が幼い頃から姑から完璧な嫁をしなさいと言われて完ぺきにこなしていたため、松原にとっての家庭像が歪んでしまっている。母親をいじめているように見えた父親や祖母などを憎む気持ちはあったのに、結局根本的には女性は男性に従うべき存在として考えることが当たり前になっている。松原がさくらについて母親と話しているシーンでは、サクラが作ったハヤシライスがあまりおいしくなかったということを母親に伝えている。その際、母親は「市販のルーを使ってるんじゃないの?それじゃ、おいしくならない。」と平然と言ってのける。このような会話が自分の付き合っている人や旦那の実家で母親とされていたらと思うとぞっとするのが事実。
松原のストーカー行為
松原との相性が合わないことに気づいたさくらはメッセージで別れを切り出す。松原はいい大人が結婚を見据えていたのにたった1通のメッセージで関係を終わらせるというのは常識的ではないのでは?と食い下がる。あくまで松原は別れを納得していないので、まだ付き合っていると思い込み喧嘩をしているような感覚に陥っている。
〈具体的な内容〉
1.1日に200件ほどのメールが送られてくる。内容は悲しんだり怒ったり罵倒したり優しく諭したり。
2.部屋の外から中の様子をうかがう。
3.家に帰ってきていないことが多いとわかると合鍵を使って中に入る。
4.勤務先に嫌がらせで電話をする。
5.勤務先のホームページにさくらの裸の写真を載せ、店の誹謗中傷を書き込む。(リベンジポルノ)
6.引っ越した後、県をまたいでも追いかけてくる。
一部であるが、このような内容のことをし続け、どれだけ避けても話し合う機会を設けても終わりが来ない。合鍵も返してもらえず逃げることが出来ない。職を辞さなくてはならないところまで来たので収入もなく、両親に迷惑をかけたくなくて相談ができない。まさに窮地に陥ってしまったさくら。
そんな中、池田先生の友人である志鷹さんに協力してもらい、警察に相談しに行くことを決意する。しかし警察では、「警察としては対処できない」と言われてしまう。写真をあげられた件に関しては、あんなに嫌な気持ちになって世界全体に見られるかもしれないと恥ずかしい思いをしているのに名誉棄損で訴えると逮捕はできるけれど罰金を払わせるか、試行猶予かになるとのこと。全く問題の解決にはならない。むしろ、逆上する可能性まで出てくる。これを思うと、付き合っている大好きな相手でも男女関係なく自分の裸の写真などは撮らせるべきではないと考えてしまう。
さくらは警察に行って、110番通報の登録のみをして初回は帰っている。登録というのは、何かあった際にすぐに何の用件で電話をしているのか警察側が理解できるようにするもの。しかし、これは別の管轄内では適用されるわけではないのでまた登録し直さなくてはならない。また、相手に対して警察の方から電話をして「もう関わらないでください」と警告することもできる。それでだめなら文書での警告。などと段階があるのだが、「はいわかりました」と引き下がる人はどれくらいいるのだろうか。
ストーカーをする理由
ストーカーをしている理由は、もちろんその相手のことをが好きなのもあるのかもしれないが、ここまですごいまとわりついているのは好きなのが理由だけではないように思える。松原は幼いころから家庭環境が陰鬱だと自分でも言っている。お金はあるが家族同士の仲は決して温かいものではない。母親には完璧な嫁でいることを強制する祖母。それを見て見ぬふりする父親。他に愛人を作っていることを隠しているがバレている母親。そんな仮面をかぶっているような家族の前では、松原自身もいい子どもでいないとという気持ちが芽生えていた。父親の前では褒められたくて嘘をつき、学校に行くと友達とどうやって関係を作ったらいいのかわからずいじめられることもあった。自分のを形成する大事な時期にねじ曲がってしまった部分はある。学生時代にできた友人・住吉は頭も良くて活発で常に劣等感を抱いていたが一緒にいることがステータスのようになっていた。ルックスは良かったので寄ってくる女子もいたが、道具のように扱ってしまって結局破局。
松原は、寂しかったのではないか。さくらだけがいてくれたらそれでよかった。逆に言えば、さくらがいないと一人ぼっちになってしまうような気がしたから執着した。自分が大切に思っているのに相手は大切に思ってくれないことを認めたくなかったのではないだろうか。そして自分という存在を認めてほしかった。マッサージに行った際、「すごいですね!」とほめてくれたことが忘れられなかったとある。褒められたくて嘘をついたりよく見せようとしたり、誰にでもある感情だけどその気持ちが強すぎた。
タイトルの「消えない月」とは…
この小説は、ストーカーの被害者と加害者の両方の視点から章が構成されている。
松原の視点の章の中には「外に出て、空を見上げると、三日月にも足りないような細い月が浮かんでいた。月はいつも、僕の正面にある。追いかけても、追いかけても、追いつけない。」(p.280)と書かれている。
また、さくらの視点では「青い空に傷をつけるような白くて細い月が見えた。月はいつも、振り返るとそこにある。どこまで行っても、ついてくる。」(p.306)とある。
自分はこの部分を読んで、お互いの存在を「月」と捉えているのではないかと考えた。松原にとっては、さくらは心の中に常に存在しているのに気持ちが通うことがない。さくらにとっては自分は彼を見ていないのに、どこまで行っても追いかけてくる。そんなことを表現したのではないか。お互いにとって、心の中から、もしくは物理的に「消えない月」と表されている。
感想
ストーカーの恐ろしさを、しっかり受け止めた感じ。男女ともに、ストーカーを受ける可能性は誰にでもあるわけだけど、ここまで数か月しか付き合っていないのに典型的なストーカーというのはいるものなんだな。きっと、ここまでの自分を見失っているストーカーは元から危うい感じがあるのかもしれない。友人である住吉からしても「あやうい」と思っていたそうだが、二面性があるのだと思っていたのでそんな人もいるのかと。でも、さくらは完全に巻き込まれて亡くなってしまったので悲しすぎる。松原は殺してハッと我に返るのではなくて、「そっちの世界に早く会いに行くからね」という思いを持っていたので恨んでも憎んでも通じないのだなと思う。遺族としては本当につらいだろうな。