『狙撃手の祈り』城山真一  罪を犯してまで守りたかったもの

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9mm bullet isolated on white background

離婚届を置いて失踪した妻、発見された銃弾、28年前の未解決事件。
平穏な生活が一変する秘密と嘘。

東京都北区十条で楽器店を営む青井圭一。
雑誌記者の妻・沙月とは取材がきっかけで知り合った。
ある夜、妻の沙月が圭一に差し出したのは離婚届だった。
明日から一週間取材に行くから、帰るまでに答えを出してほしい――。
確かに、圭一の友人のミュージシャンの不倫スキャンダルを
沙月がスクープしたことで、最近夫婦関係はぎくしゃくしていた。
しかしそれが離婚の原因になるとは思えない。
そして一週間後、電話口で「このまま家に帰ったら、許してくれる?」という言葉を残して沙月は消息を断つ。

ほぼ時を同じくして、亡くなった圭一の叔父の遺品の中から
銃弾が発見される。叔父の友康はこの楽器店の先代で、
幼い頃に両親を亡くした圭一の育ての親でもある。
平穏な人生を送っていた叔父と銃弾が結びつかず混乱する圭一。
追い打ちをかけるように、その銃弾が28年前に起こった
警察庁長官狙撃事件に使われたものと同じ型という可能性も浮上する。

警察庁長官狙撃事件は未解決のまま公訴時効を迎えていた。
そして、沙月がこの未解決事件を追っていたことも明らかになる。
叔父と長官狙撃事件の間に何らかの関係があるのか。
もしあるとしたら叔父はどう関わっていたのか。
今回の沙月の失踪はその未解決事件の取材と関係しているのか。

この世界が今日も明日もこのまま続くだろう、そう思っていた人間が、
期せずして社会の深淵を覗くサスペンスミステリー。

狙撃手の祈り / 城山真一【著】 <電子版> – 紀伊國屋書店ウェブストア|オンライン書店|本、雑誌の通販、電子書籍ストア より引用

・青井圭一:楽器店を叔父から継いで経営。妻がいるが、あまり夫婦仲が良くない。幼いころに両親を亡くし、叔父に引き取られて育ててもらう。

・青井沙月:圭一の妻。雑誌記者の仕事をしており、取材出張で長い期間家を空けることになるが、そのまま消息が絶たれる。

・友康:圭一の叔父。親代わりの存在。

・斉賀速人:警視庁公安部の掲刑事。仕事でミスをしてしまい内勤をしている。刑事であった父親が追っていた28年前の事件が気になる。

・加藤充治:28年前の、警察庁長官を狙撃した容疑者。しかし証拠が不十分で逮捕されることはなかった。

・岩滝夫妻:子どもが光宗会という宗教に入り、命を落とした過去がある。抗議しようとした家族会で圭一の父親と知り合っていた。

・青井修:圭一の父親。事故で死んだとされていたが、実際には死に対して謎が残る。

圭一の妻である沙月は雑誌記者であるが、普段はゴシップなどを扱っている。圭一の友人であるミュージシャンの京平の不倫記事を書いたことで会社の危機を救った過去があるが、その記事のせいで夫婦仲は少し険悪になっていた。圭一はなぜ友人であり、自分たちの結婚まで祝ってくれた人のマイナスなネタを書くのかと問い詰めるが「自分は記者だからネタ元は明かせない。真実を書くことが仕事だ」と罪悪感も見て取れない。沙月も仕事が忙しく仲の良い夫婦ではないが、ある日突然突き付けられた離婚届の理由が夫婦仲だけが原因とも思えず困惑する。さらにそのまま、取材旅行中の沙月からは連絡がこず、やっと来た電話口では「このまま家に帰ったら許してくれる?」といった内容の言葉を投げられて消息不明になる。

京平に記事については、その後京平本人から真実を打ち明けられることになる。あの頃、京平は妻からのDVが主な原因として離婚を考えていた。色々なものを手放したくなった京平はネタを書いてほしいと沙月に頼んだ。沙月は断ったが、会社が部数を伸ばせておらず危機に陥っている状況だったことや京平が折れなかったことで記事を書くことを決心する。しかし、圭一には記者としてネタ元を明かさなかったため気持ちの行き違いが起きてしまっていた。記者としての魂はすごいと思うけれど、それによって夫婦仲が良くなくなってしまったり悲しむ人が出たりするのであれば、伝えることも手だったのでは?と思ってしまう。また、女性からのDVが原因だということだったが、誰しもDVと聞くと男性側が手を出していることを想像する。今少しずつ女性からのDVも取り上げられるようになっているが、まだイメージがついてしまっているのが事実。

また、沙月は友康の遺品整理をしているときに、段ボール箱の中に28年前の事件で使われた銃弾が入っていることに気づいていた。友康の死で悲しみに暮れている圭一に相談したり打ち明けたりすることもできず、独自で探っていた。取材旅行では色々な人に話を聞いて回り、28年前の事件の真相を知ることとなった。しかし、圭一にどのように話したらいいのか悩んでいた沙月。

さらにもう一つ、沙月はメニエール病と難聴を患っていた。圭一には酔い止めの薬と偽って飲んでいたが、実際にはふらつきを抑える漢方薬を毎日服用していた。真相は沙月本人にしかわからないが、雨の降る夜トラックの前に突然飛び出した沙月は死ぬつもりで飛び込んだのではなく、ふらつきや難聴によってトラックに気づかないまま飛び出してしまったことが直接の原因となったのかもしれない。結婚して何年も一緒にいたのに、沙月のことで知らないことが多かった圭一。もっとコミュニケーションをとってもっと知りたいと日頃から接していれば結果は違ったのかもしれない。

圭一は生活している中で時々脳内に靄がかかり、また少しするとすっきりしてくることがあった。圭一の両親は幼い頃事故に遭って亡くなったと友康から聞かされていた。しかし、友康は両親のことをあまり詳しく教えてくれない。銃弾を見つけて事件を追っていくと両親の死因は聞いていたものと違うことがわかる。実は、幼い頃圭一は転換を患っており、それが重い症状であったことが明かされる。しかし今の圭一には思い当たることがない。母親はその育児の辛さを抱えて育児ノイローゼになっていた。ノイローゼになっていた母親は光宗会という宗教団体にハマってしまう。光宗会の修行中に母親は亡くなっていた。

父親の修はそのあとすぐに亡くなってことになっていたが、実は光宗会の関係者で家族を亡くした人や取り戻したい人たちの集まりである“家族会”に参加していた。同じく子どもを亡くした人たちから教祖を殺すことを頼まれていた。修は何度か断っていたが、最終的に圭一の手術費を払ってもらうことと引き換えに暗殺することを了承した。その際、家族に迷惑がかからないよう名前を変えて生きていくことを決意した修。死を装い、実際には生き続けていた。

靄がかかったようになるのもそのせいであり、アメリカでの手術が原因で昔のことはほとんど覚えていなかったのである。

そんな生い立ちを、両親や叔父、周りの大人が隠して圭一のことを守ってくれていたことを知り、圭一は感謝の気持ちでいっぱいになっていた。そんな優しくて慎ましやかな圭一だからこそ、守ってあげたいと色々な人が協力してくれたのだろう。周りの人にもらったと言っても過言ではない大切な命を大切に使っている圭一に好感が持てる。

圭一や沙月は、事件を追っていく中で修が生きていることを知る。圭一は実の父親が本当は28年前の警察庁を撃った犯人だということを知っても失望したり悲しんだりすることなく、むしろ自分をそうしてまで生かしてくれたことへ感謝をしている。自分の病気を治すためとは言え、そんなことをしたから小さなころから一緒に生活ができなかったなどと批判することなく、父親という存在を受け入れていることに胸が打たれる。修から真実を聞かされて「逃げてよ」ととっさに口をついて出た言葉。亡くなっていたと思っていた父親と会うことが出来た、また会いたいと思う気持ちが前面に出ている描写であった。

対して、父親である修の方は、今まで全力で逃げて隠れて生きてきたけれど、逆に息子に会えたことで出頭しようという気持ちが芽生える。圭一と反対の気持ちで描かれているが、その理由としては本当の意味できちんときれいにしてから息子と向き合えるようにしたいという気持ちの表れであり、そちらの気持ちも頷ける。

最終的に警察が追ってきた局面では逃げることが出来るのだが、後日修は自ら出頭することになる。そのきっかけとなったのは「その楽器店(圭一が友康から受け継いだ店)に行ってみたいと思いませんか」という沙月の言葉だった。本当の意味で楽器店に行くことが出来るのは時効が成立した後ではなくて、罪を償って出所した後だということだった。事件を追っていくことで再会すること・罪を償って本当の意味でまた会えること、どちらの意味でも息子と父親を繋げてくれたのは沙月であった。

こんなにいい働きをした沙月はもうこの世にいないということが悲しい。薬をきちんと飲んでいればあ違ってトラックの前に出ることはなかったのだろうか?京平のことも、家族のことを想えば本人から託されたと言ってしまってはいけなかったのか?過去は戻せないけれど、沙月と圭一の仲が戻る未来も見てみたかった。この素敵なつながりを与えてくれた沙月に感謝。

加藤が最終的には脅した形で修は撃ったので、本当の意味で犯人は加藤充治だという見方もできるかもしれない。

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