あらすじ
臼原市で死体遺棄事件が起きた。女性の遺体は強姦の跡があり身体の一部は切り取られている。数日後、再び臼原署管轄内で女性の惨殺遺体が発見される。捜査本部の刑事・八島武瑠は約二十年前に東京の三鷹市で起きた連続殺人事件との共通点に気づいた。時を同じくして武瑠の従弟・願示が接近し、独自に調べて分かったという「真相」を話し始める。二十年前の事件の犯人は亡くなった双子の弟で、臼原の事件はその模倣犯によるものだ―。今回も身内の犯行かもしれない。武瑠は次第に追い込まれていくが…。機能不全な一族の罪の繋がりを描いたサスペンスミステリー!
登場人物
・八島武瑠:刑事。アルコールでの失敗から禁酒をし、怪我をして休職している。
・八島知秋:武瑠の弟。
・八島圭一:武瑠の父親。アルコール依存症により、飲酒運転で事故死。
・八島琴子:武瑠の母親。心を病んでいる。息子には電話で愚痴ばかり言っている。
・犬飼願示:武瑠のいとこ。双子の弟と幼い頃から離れて暮らし、東京で両親と過ごす。記者。
・犬飼尋也:武瑠のいとこ。願示の双子の弟。幼いころから両親と離れて、祖母と田舎で暮らす。
・乃木こずえ:願示の妻。
・乃木琥太郎:願示の息子。
作中に出てくる専門用語
⁂インセル:女性との恋愛経験や性的経験を(求めているにもかかわらず)持つことが出来ず、加えて その原因は自分よりもむしろ女性たちの側にあると考えて、女性を憎悪する男性のこと。外罰的な、いわゆる非モテ。 [weblio辞書より引用]
⁂バニシングツイン:双子以上の多胎妊娠の赤ちゃんが非常に早期に失われた結果として生じる単胎妊娠を意味する。超音波上、双子が一人消失するためバニシングツインと言う。バニシングツインは多くの場合、体外受精に関係して起こり、膣からの出血を伴うこともある。
⁂ヤングケアラー:家族の介護その他の日常生活上の世話を過度に行っていると認められる子ども・若者のこと。
〈具体的には〉
- 障害や病気のある家族に代わり、買い物・料理・掃除・洗濯などの家事をしている。
- 家族に代わり、幼いきょうだいの世話をしている。
- 障害や病気のあるきょうだいの世話や見守りをしている。
- 目を離せない家族の見守りや声かけなどの気づかいをしている。
- 日本語が第一言語でない家族や障害のある家族のために通訳をしている。
- 家計を支えるために労働をして、障害や病気のある家族を助けている。
- アルコール・薬物・ギャンブル問題を抱える家族に対応している。
- がん・難病・精神疾患など慢性的な病気の家族の看病をしている。
- 障害や病気のある家族の身の回りの世話をしている。
- 障害や病気のある家族の入浴やトイレの介助をしている。
[こども家庭庁より引用]
⁂カサンドラ症候群:カサンドラ症候群とは、家族など身近な人が自閉スペクトラム症(ASD)であるためにコミュニケーション等がうまくいかず、心的ストレスによって心身に不調があらわれる状態。カサンドラ症候群は医学的な疾患名ではないため明確な診断基準はありませんが、以下の3つの要素があるとされている。
- 精神的もしくは身体的な不調の症状がある
- パートナーの少なくとも一人が、ASDの特性などによる共感性や情緒的表現に障害がある
- パートナーとの関係において感情的な交流の不足による対立関係、精神または身体の虐待、人間関係の不満がある
⁂フローズン・ウォッチフルネス:専門用語で、凍り付いたような、感情のない冷えた凝視を指す。被虐待児に多い。 [骨と肉 p259より引用]
⁂ビンゴ理論:犯罪心理学にある用語。
人はそれぞれ、生まれた時に一枚のビンゴカードを与えられる。数字の代わりに揃えるのは、劣悪な成育環境、頭部外傷、虐待やいじめにより心の傷、過度なストレスなど。それらが一列そろって満たされた時、人は人を殺せるハードルを越えてしまう。←このような仮説のこと。[骨と肉 p305より引用]
いじめを経験すること
知秋は学生時代にいじめに遭っていた。いじめを経験した後で、大人になってから知秋は“いじめは社会の縮図”と述べている。それを聞いて武瑠はある時期から突然弟が大人びた時期があったと感じたことが描かれている。いじめられているときは本乙に悲しくて苦しいが、それを経験したことで世の中を知れた気がすると言った知秋の言葉になるほどと感じた。もちろんいじめはいけないことであるが、それを経た後に学ぶこともある。いじめられているという事実に対して抗ってみたり諦めたり…色々な経験をすることでそれが学校を出た場所でも活かされる。ある程度心も育ってきて、でもまだ柔らかい部分がある時期。これから成長する余地も残っている時期に強烈な体験をすることで、また一つ大きく成長したのだろう。
犯罪を犯す人
殺人とは現実はもちろん無縁であり、犯罪を犯した人なども自分の周りにはいないので物語の中からのみで知識を得ているのだが、ここでは人殺しという心理的ハードルを越えるには、強い引き金=ストレス が必要となると書かれている。ここでのストレスとは何だろう。離婚やいじめ、介護、不合格、リストラや虐待など…なのだろうか。この強いストレスがかかったことをきっかけにボーダーラインを越えてしまうとされている。
果たしてそうなのだろうか。殺人はとても大きな罪である。生きていればいつの時代も、自分が何歳になろうとストレスがついて回る。しかし、そのストレスに耐えようと自分を攻撃(腹痛や食欲減退、心理的な病など)することではなく、他に対しての発散として出てしまうことは滅多にないのではないか?というか、頻繁にあったら困るのだが。どちらにしても強いストレスがかかっていない状態ではほとんどの人は殺人などということは起こさないということであろう。
歪な家族
この一族は、おかしな人が多かった。意思疎通の叶わぬ家族と言うべきか。折檻されたり、祖母がまったく口を利かなかったり、兄弟で離ればなれで生活していたと思ったら一定の時期のみ会うことになっていたり。精神的な抑圧も十分にあった。殺意は元から備わっていたのではなくてこの環境の中で培養されていたのだというのが本当なのだとしたら、とんでもない運命だと思う。幼いうちは親の決定事項に抗えず、ストレスを着々とためていった。ここからどうやって抜け出したらよかったのか。殺人版画一族の中でこんなにもいたとは知らず、最後は本当にぞくっとした。
感想
意味不明な事件が最後はここまでまとまるとは想像もしていなかった。まさか家族がこんなにくるっていたとは…。というか、警察官として武瑠が初めに出てきたことで油断していたのもある。警察官は自分の家族が何やら怪しい動きをしていたと怪しむようなことは今までなかったのか?逆に近すぎて気づけないこともあるのか。
あの頭おかしくなるような押し入れの中で虐待を受けていたことが、人生の歯車を狂わされたってことよね。おかしい!と思うような気持ちを持ち続けることはできないものなのか。あの家族の中にいたから犯人になってしまったのならば悲しい。