あらすじ
あの手の指す方へ行けば間違いないと思っていた――
一九九六年、横浜市内で塾の経営者が殺害された。
早々に被害者の元教え子が被疑者として捜査線上に浮かぶが、事件発生から二年経った今も、足取りはつかめていない。殺人犯を匿う女、窓際に追いやられながら捜査を続ける刑事、そして、父親から虐待を受け、半地下で暮らす殺人犯から小さな窓越しに食糧をもらって生き延びる少年。それぞれに守りたいものが絡み合い、事態は思いもよらぬ展開を見せていく――。
登場人物
【阿久津】1996年に起きた塾の経営者が殺される事件の容疑者として2年間追われている。
【豊子】同級生だった阿久津を半地下で匿う。
【波留】バスケットボールが上手な少年。同級生の桜介からすると憧れの対象の波留が謎めいて見える。
阿久津の純粋さ
阿久津はなぜか2年も前の事件で追われている身なのに“捕まりたくない”という思いが強く見られない。
前妻との間に子どもができなかった阿久津。その理由は、幼い頃に親が自分を知的障害と感じており、子どもを作れない体にしてしまったという衝撃的な事実。
親のエゴで子どもの未来を決めてしまったといっても過言ではない。さらに言えば、阿久津の前妻までもその被害に遭っているわけである。
子どもが自立すると、親の元から離れて自分の人生を歩み始めるようになる感覚に陥りがちだが、親子の縁は切っても切り離せないと強く感じる。今回のような身体的な機能を制限されていることはもちろんだが、育ってきた環境によって“じぶん”というものの色々なものが形成されているわけなので、作品を読んで親の存在の強さを強く実感した。自分の子どもが障害を持っていると知ったら、自分はどのようにするのだろう。どんな覚悟で生きていくのだろう。誰もが子を持つ可能性はあるわけで、他人事ではないと感じる。子ども目線からすると、親の勝手なエゴでと憤りを感じることが大半かもしれないが、親の目線からするとあながち全てを糾弾するべき問題ではないのかもしれない。
波留の苦悩
小学6年生というまだ幼い波留。父との2人暮らしで過ごしている。バスケの才能に恵まれ、周りの友人からも一目置かれるような存在。しかし、父親が仕事を辞めたことから生きてくために“当たり屋”をさせられ、車に当たって怪我をした慰謝料によって生活している。父に指示され、大怪我を追わないコツを見つけて自分の命を守っている。バスケが上手なのでバスケで活躍しているビデオを相手に見せて将来をつぶしたと主張することで慰謝料を多くふんだくるやり方を父親は身につけている。
父の気まぐれによってご飯を与えてもらうなどしているため、お金がもらえない日には、阿久津のいる半地下が少し見える場所へ行ってご飯を分けてもらっている。
波留の年齢からしても自立できる歳ではなくて、哀しすぎる境遇に涙が止まらなかった。そんな最低な父親に歯向かったら生きていけないし、でも痛くて怪我をしてもご飯を食べられない時もあって、でもそれでも父親という存在である限り「親」というものに期待してしまって…。こんなの間違っている。波留の父親をきちんと断罪すべき。実子のことを道具と思っている父親に腹が立った。
機嫌のよい時だけ優しくして、自分は働いていないのにお金が無くなったら怪我をして稼げというのは、愛情ではない。しかし子どもはわからない。育った環境を、その時は周りと比べられずに気付かない。でも、波留に関しては正しいやり方だとは思っていないので、誰にも打ち明けられないという更につらい状況になっていた。色々な家庭があって、色々な親がいて、自分は幸せな環境にいるのだと気づく。物語の中の話だけど、自分が知らないだけで世界には様々な状況に身を置いている人たちがいることを忘れてはいけないと感じた。
感想
3人それぞれの視点で進んでいって、最後に向かって交わっていく内容だった。つながった瞬間はスッキリしたし、3人の視点に立って読んでいる自分が感情移入して泣いたり怒ったりしていた。
特に波留に対しては悲しくてひきつけられてしまった。阿久津は心が純粋でまっすぐで、人を救ったり傷つけたりしていて、まっすぐさが他人のとって凶器になることもあると思った。
でも最後、波留のおねがいで阿久津は追われている身で外に出ることになるのだけれど、修学旅行を味わわせてあげたいという阿久津の想いが熱くてよかった。関係性に読んでいるこちらとしても「優しい人に出会えてよかった」と心がほころんだ。